- 身体を触るセクハラ
【第65回】
生命保険会社の忘年会で上司等が保険外交員にセクハラ行為をした事案において、被害者によるセクハラ行為を煽る言動があったとしても、行為者及び使用者の損害賠償責任が認められた一方、被害者にも落ち度があるとして損害賠償額が減ぜられた事例
広島セクハラ(生命保険会社)事件
広島地裁 平19.3.13判決
労働判例943号52頁
結論
- Y社の従業員であり、被害者Xらの上司であるA、B、C(以下あわせて「加害者ら」という。)が、忘年会の席でおこなった行為はセクハラ行為であり、加害者らはXらに対して不法行為に基づく、Y社は使用者責任に基づく損害賠償義務を負い、慰謝料の支払い義務がある(※金額は被害者により異なる。)
- セクハラ行為発生後のY社の対応については、債務不履行はない。
- Xらの行為に落ち度があったことから、損害については、過失相殺の法理を類推適用し、2割の限度で損害を減じる。
事案の概要
生命保険相互会社であるY社の保険外交員であり、甲営業所に勤務するX1〜X7が、①忘年会の席で行われた、X1〜X7の上司である加害者らのセクハラ行為により生じた、病院に通院した治療費・営業成績低下に伴う逸失利益・精神的苦痛に対する慰謝料の損害賠償を、民法709条に基づき加害者らに、民法715条の使用者責任に基づきY社に、②本件セクハラ行為後のY社の事後的対応が不誠実であり精神的苦痛が生じたとして、その損害の賠償をY社に、それぞれ求めた事案
判決のポイント
1.忘年会の席で行われた加害行為の評価について
※本件は、当事者が多く、判決では加害者らがそれぞれX1〜X7のうち誰に対しいかなる行動をしたかが詳細に認定されているが、ここでは、その主な例をあげる。
- 加害者が被害者の腰に両脚を巻きつけ(以下同種の行為を「かにばさみ」という。)、抱きつき、他の加害者も正面からかにばさみをした。
- 加害者が被害者の脇腹をつかんで、「これまわしじゃ。みんな見て見て。」と騒いだ上、被害者を押し倒し、その顔を舐めた。
- 加害者が水平に伸ばした自身の左腕を被害者の顎の下をめがけて打ち付け、その場に転倒させた。
- 加害者の一人が被害者を羽交い締めにするように抱き込み、また、かにばさみをし、別の加害者が被害者の股間に自らの陰部付近を押し付けた。
- 加害者が被害者の首を両脚で挟み、後ろに倒した
- 加害者が被害者をかにばさみにし、逃げようとする被害者の足首をつかんでひきよせ、さらにかにばさみをして引き倒した。
- 加害者が被害者の背後から肩に手を回して抱きつき、その状態の写真を撮らせた。
こういった行為は、暴力行為および性的嫌がらせ行為として、Xらの身体的自由、性的自由及び人格権を侵害するものとして、不法行為にあたる。
2.忘年会における被害者の行動の評価について
(1)忘年会において、加害者らはXら以外にも上記のような行為をしていた一方、XらがBを床に押し倒し、Bの上に乗りかかるという行為もあり、また、忘年会後、Xらの一部は強くCらをカラオケに誘ったが、そこではセクハラとの申し出はなかった。また、忘年会に参加した他の授業員の事情聴取の中では、「以前より甲営業所の忘年会は騒ぎすぎで、Xらが中心となって悪ふざけ的行為をしており、この忘年会でもXらは悪ふざけ的な行為をしていたし、加害者らの行為も受け入れて楽しんでいた。」「加害者らの行為は、忘年会を盛り上げようとして行ったもので、セクハラではない。」などといった意見もあった。
(2)Xらの多くは、本忘年会当時かなりの人生経験を経た中高年に達する者であったことからすれば、加害者らの行為を諌めるべきであったが、Xらは、加害者らの行為を特に咎めることなく、むしろ嬌声を挙げて騒ぎ立て、Xらの一部においては、Bを押し倒すなどしており、このようなXらの態度が、加害者らの感情を高ぶらせ、セクハラ行為を煽る結果となったことは容易に推認されるとして、Xらに落ち度があったといえるから、過失相殺の法理を類推適用し、2割の限度で損害を減じる。
3.使用者責任の成否
本忘年会は、甲営業所の職員全員をもって構成され、職員相互間の親睦を図るための団体(以下「乙会」という。)の主催でおこなわれた。なお、乙会の顧問は甲営業所長であった。しかし、乙会は甲営業所の職員全員をもって構成され、営業日の勤務時間内に行われたこと、営業に対する慰労を兼ねていたことなどからすれば、忘年会は、職場の営業活力を醸成したり職場における人間関係を円滑なものにするといったことに資するものと位置付けられ、Y社の業務の一部あるいは密接に関連する行為として行われたものであるから、事業の執行につき行われたものとして、Y社は民法715条に基づき使用者責任を負う。
4.Y社の事後対応に関する債務不履行の成否
Xらは、Y社が、事後的に不誠実な対応等を行い、Xらを職場から孤立させるような状況に追い込み精神的苦痛を与えたとして、Y社には雇用契約上の債務不履行があるとし、具体的には、①調査開始時期の遅さ、②調査方法の問題(忘年会に出席しており、セクハラ行為を見ていながら制止しなかったNを事情聴取担当者にした等)③(外部機関である)人権センターの聴取においてNが「忘年会はわきあいあいとしていてXらも楽しそうにしていた」などと述べたこと④加害者らに対する処分内容やその理由についてXらに開示しなかったことなどを挙げていた。
しかし、①は、申し立てから調査開始まで40日かかっているが、別件のセクハラ事案の調査・対応をする必要から直ちに甲営業所の職員に事情聴取をすることは難しく、営業部員の契約の締切日や5月上旬の連休などを考慮すると、環境保護義務違反があったとはいえない、②はNを聴取者にしたのは必ずしも適切ではないが、事情聴取後、加害者に謝罪をさせ、懲戒処分をしていることなどからすれば、環境保護義務違反があったとはいえない、③は、Nの発言は自らが感じたことを述べたもので、そのような感想をもったとしても、全く事実誤認とは言えない④はプライバシーに関わるものであり、また、そもそも会社が被害者に対し加害者の懲戒処分などを公表しなければならない義務はない、などとして、その責任を否定した。
コメント
セクハラ行為を煽る言動等があったとしても、セクハラ行為として責任が生じることがある
本件行為が行われた忘年会は、騒ぎすぎで品がなく不快であるなどと評した労働者も存在するように、本判決における事実認定からは、相当程度騒がしい、また、悪ふざけ的な行為がなされた会であったことが窺われます。
そうした中で、上司である加害者らが上述のようなセクハラ行為等を行った一方で、被害者側も、加害者を押し倒したり、嬌声を挙げるなどしており、上述のように、それらの被害者の行為が、加害者らのセクハラを煽る結果になったとして、損害賠償の金額の算定にあたり考慮がなされています。
但し、ここで留意が必要なのは、相当程度悪ふざけ的な行為がなされる宴会であった、あるいは、被害者に落度と評価されるような行為があったからといって、直ちに加害者による行為の違法性自体が否定されるものではないということです。
本判決においては、Xらには落度はあったものの、加害者らの行為が、Xらの意に反していなかったとまでは認定されておらず、「原告(X)らが被告ら3名(A、B、C)に同調し、騒ぎ立てたのは、宴会の雰囲気を壊してはならないという思いや上司にあたる被告3名への遠慮からであったという側面も否定できない」と評価されています。
いわゆる「無礼講」のような宴会でなされた性的な接触や、被害者側に、拒絶の意を示さないだけでなく、上述のように嬌声を挙げるなどといった積極的な言動があったとしても、決して「そういう状況下でなされたのであるから、セクハラとは評価できない。」などと安易に判断をしないよう留意が必要です。
著者プロフィール
加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録