- 過小な要求型
【第31回】
配置転換及び降格についてその無効とそれに伴い減額された賃金の支払いを求めた事案
新和産業事件
大阪高裁平成25年4月25日判決
労働判例1072号19頁(原一審:大阪地裁平成24年11月29日判決)
事案の概要
営業部から倉庫への配置転換及び課長職からの降格を命じられ、これに伴い賃金を減額された原告が、会社に対し配置転換命令が無効であるとして、配置転換先に就労義務がないことの確認、配置転換命令に伴う賃金の減額は無効であり、未払賃金等の支払、賞与の残金等の支払等を求めた事案の控訴審
判旨
配置転換・降格命令には業務上の必要性が乏しく、退職勧奨を拒否した原告に対する嫌がらせ目的で行われたものであるから、配置転換・降格命令は無効であり、さらに不法行為に当たるとして、賃金差額等及び慰謝料の支払を被告会社に命じた。
(1)配置転換命令の業務上の必要性の有無
被告会社は、原告の営業職としての適性に問題があったために倉庫に異動させたと主張した。
判旨は、原告が勤続10年の営業部課長職にあり、原告が結果的に十分な営業成績を残すことができなかったことは、原告に割り当てられた業務の性質によるものであり、原告の適性や能力によるものとは認められない上、会社は長期間にわたり原告の営業成績を問題視していなかったものであり、配置転換命令当時原告は適性及び能力を欠いていなかったものと認められ、また、倉庫業務は従前従業員1名が担当していたところ原告を含め2名が担当しなければならないほどの業務量はなかったこと、原告は自動車運転ができず倉庫業務において必要不可欠な商品運搬業務に従事していなかったこと、倉庫にはこれまで大学卒(原告は大学卒)の従業員を採用した例はなかったことなどから、原告を営業部から倉庫へ配置転換させる必要性は乏しかったと判断した。
(2)不当な動機及び目的の有無
配置転換命令に先立ち、2か月の間原告に対し退職勧奨を繰り返していたが原告が拒否したため配置転換命令をしたことが認められ、倉庫には2名の従業員を配置するほどの業務量はなく、原告が倉庫において行うべき業務はほとんど存在しないこと、配置転換命令は原告が総合職から運搬職に変更し、賃金水準を大幅に低下させるものであることも考慮すると、原告が退職勧奨を拒否したことに対する報復として退職に追い込むため、又は合理性に乏しい大幅な賃金の減額を正当化するために配置転換命令をしたことが推認され、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものであるということができる。
(3)通常甘受すべき程度を超える不利益の有無及び不法行為の成否
配置転換命令により原告は賃金が2分の1以下へと大幅に減額するものであることが認められ、社会通念上、これは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきであると判断した。
(4)権利の濫用及び不法行為
上記のとおり、配置転換命令は業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で行われたものであり、原告に対して通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用として無効というべきと判断した。また、降格命令は会社の人事上の裁量権の範囲を逸脱したものであり、権利の濫用として無効というべきと判断した。
くわえて、社会的相当性を逸脱した嫌がらせであり、原告の人格権を侵害するものであるから不法行為を構成すると判断した。
(5)差額賃金、賞与及び慰謝料
配置転換・降格命令によって減額された賃金の差額の支払が命じられた。
一方、賞与については、被告会社が支給額を具体的に決定して初めて賞与請求権が発生するところ、被告会社が原告の営業職としての賞与を決定したことはないから、賞与としての請求は認めなかった。だが、無効な配置転換・降格命令によって賞与の査定を行わなかったことが不法行為に当たり、原告が営業職として在籍していた場合に支払われたと考えられる下限額の8割の損害賠償を命じた。
さらに、原告には賃金差額等によっても填補されない精神的苦痛による損害があるとして、慰謝料50万円の支払も命じた。
コメント
本件は、退職勧奨を拒否した労働者に対する配置転換・降格命令が退職勧奨を拒否したことに対する報復として退職に追い込むため、又は合理性に乏しい大幅な賃金の減額を正当化するためになされたものと推認され、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものと判断されたケースです。
一般に、使用者は、就業規則等に定めがあれば、原則として配置転換命令を行うことができます。しかし、例外的に
①業務上の必要性がない場合
②業務上の必要性があっても、他の不当な目的でされた場合又は労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を被る場合
当該配置転換命令は、権利の濫用として無効と解されます(東亜ペイント事件:最高裁第二小法廷昭和61年7月14日判決)。
本件では、①及び②のいずれにも該当すると判断されました。
原告は、10年間営業職のみに従事していたにもかかわらず、突如倉庫業務に異動になり、賃金が従前の2分の1程度になりました。
使用者には配置転換命令権があるとはいえ、営業から、業務量がさほどない、また、大卒の者が配置されたことがない倉庫業務という業務内容も労働環境も全く異なる職種に異動させることは、相応の業務上の必要性がない限り、一般に合理性を見出すことは難しく、何らかの別な目的があるのではないかと推認されやすく、これ自体が「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ報告」が示したパワーハラスメントの行為類型の「過小な要求」に該当する可能性が高いといえます。配置転換が降格などを伴って賃金の減額をもたらす場合には、労働者の被る不利益が大ですので、配置転換命令が無効と判断されやすくなるということもあります。
本件では、配置転換命令の直前に退職勧奨を拒否したという事情があり、直後に配置転換・降格命令が発令されていますので、時間的近接性からも報復ないし嫌がらせという目的が推認されたと考えられます。
配置転換・降格命令という業務命令に名を借りてはいるものの、業務上の正当な目的なく組織ぐるみで行われており、労働者に対する典型的な嫌がらせの一事例といえます。 配置転換・降格命令が無効となった場合、使用者はこれによって生じた賃金差額を支払うべきこととなりますが、本件では、さらに原告が精神的苦痛を被ったとして慰謝料の支払も命じられており、参考となります。
業務上の必要性が認められず、しかも嫌がらせや報復の目的まであるケースは多くないかもしれません。配置転換・降格命令は、就業規則に記載があるだけでは足りず、上記のとおり業務上の必要性が相応に必要となります。
業務上の必要性がある場合であっても、労働者との間で何らかのトラブルを抱えていた場合、業務上の目的とは別の不当な目的によって行われたものと推認され、当該命令が権利の濫用として無効になる可能性があります。また、仮に業務上の正当な目的がある場合であっても労働者の被る不利益が多い場合には、同様に無効と判断される可能性があります。
したがって、人事配置に際しては、労働者の適性、能力、経験、賃金などを十分に考慮して、労働者にとって過度に不利益とならないよう留意すべきでしょう。
著者プロフィール
石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業