- 精神的な攻撃型
- 個の侵害型
- 相談対応における会社の責任についての裁判例
【第18回】
所属部署が異なる二者間の、反復継続性があったとはいえないパワーハラスメント
豊前市(パワハラ)事件
福岡高裁平成25年7月30日判決
労働判例ジャーナル20号18頁(一審:福岡地方裁判所行橋支部平成25年3月19日判決)
事案の概要
豊前市役所福祉課に勤務していた原告が、総務課長からパワーハラスメントを受けたこと及びそれにつき豊前市総務課が適切な対応をとらなかったことによりうつ病が悪化したとして、市に対し、国家賠償法に基づく損害賠償請求をした事案。
一審は原告の請求を全面的に棄却したので、原告が控訴し、控訴審である本判決では、総務課長の言動は、原告に対する誹謗中傷、名誉毀損あるいは私生活に対する不当な介入であり違法であるとして、原告の請求が一部認められた。
判旨
本件の発端は、現在原告(離婚歴あり)の妻であり、当時は原告と交際中であったD(原告より15歳年下。豊前市役所勤務)につき、市民から「Dと男性が市営団地の建物の前で抱き合うなどしていた」という通報があったため、平成20年7月28日、総務課長が原告を呼び出して事情を聞いたことである。
総務課長は、原告に対し、(1)「原告が、Dと市営団地の前で抱き合ってキスをしているとの市民からの通報があった。入社して右も左もわからない若い子を捕まえて、だまして。お前は一度失敗しているから悪く言われるんだ。うわさになって、美人でもスタイルもよくないDが結婚できなくなったらどうするんだ」と言った。これに対し原告が、抱き合っていた等の事実を否定したところ、総務課長は「通報者が嘘を言っているのか。お前が嘘を言っている。」と述べた(以上を「第1回原告面談」という。)。
さらに、平成21年8月25日、総務課長はDを呼び出し、(2)「あいつ(原告)は危険人物だぞ。これまでもたくさんの女性を泣かせてきた。豊前市のドン・ファンだ。(Dを原告と違う課に)異動させたのも、そのせいだ。」と述べた(以上を「D面談」という。)。
DからD面談の事実を聞いた原告は、翌26日、総務課長に抗議しに行ったが不在だったので、原告を誹謗中傷するためにDを呼び出さないでほしいとの総務課長への伝言を頼んだ。
翌27日、伝言を聞いた総務課長は、原告を呼び出し、(3)「お前は何様のつもりなんだ。呼ぶなとはどういうことか。お前が離婚したのは、元嫁の妹に手を出したからだろうが。一度失敗したやつが幸せになれると思うな。親子くらいの年の差があるのに常識を考えろ。お前俺をなめているのか。俺が野に下ったら、お前なんか仕事がまともにできると思うなよ。」と述べた。(以上を「第2回原告面談」という。)
本判決は、市は、市長の方針により、市民から市に対する要望や苦情があった場合に積極的に対応することとしていたところ、その窓口は総務課であり、総務課長はその責任者であったから、上記面談において総務課長に故意又は過失による職務上の義務違反が認められる場合、市は原告に対し国家賠償法上の賠償責任を負うと判示した。
その上で、原告とDはいずれも大人であり、交際は本人たちの自主的な判断に委ねるべきものであるから、職場への悪影響が生じこれを是正する必要がある場合を除き、総務課長としては、面談において、交際に介入するような言動を避けるべき職務上の義務があるが、本件では悪影響が生じていたとは認められない。したがって、総務課長の面談における言動はいずれも上記義務に反する原告に対する誹謗中傷、名誉毀損あるいは私生活に対する不当な介入であって、総務課長の故意による原告の人格侵害(不法行為)であると判断し、豊前市に対し、原告へ慰謝料30万円(原告の請求した慰謝料は100万円)などを支払うよう命じた。もっとも、総務課が適切な対応をとらなかったとの原告の主張は否定した。
解説
総務課長の発言について
本事案は、一審と二審で判断が逆になりました。すなわち、一審では、原告と総務課長の間に上司・部下の関係がなく、一度も同じ部署で勤務したことがないこと、総務課長の原告に対する発言は2回ないし3回のみであり、総務課長の発言は社会的相当性の範囲を逸脱するものではないという事情から、総務課長の原告に対する発言はパワハラに当たるということはできず、不法行為に当たるともいえないと判断され、原告の請求が全面的に棄却されたのに対し、二審である本判決では、総務課長の原告に対する発言は、不法行為にあたると判断されました。
まず、総務課長の(1)~(3)の発言は、一審が認定したとおり、総務課として市民からの通報に対応する必要があったこと、一部にはDを心配し、離婚歴があり、年の差もある原告との交際について助言する目的があったとも考えられます。
もっとも、交際という私的な事項については、職場への悪影響がある場合などを除き、労働者の自主性に任されるべきであり、不用意に介入すべきではありません。
総務課長の発言は、「若い子を捕まえて、だまして」と原告とDとの交際が不適当であるかのような発言であるほか、「危険人物」などと原告を中傷する内容である点、根拠のない事項を指摘している点において、もはやDへの心配という程度を超えて、私生活に介入するものであり、不当に原告を中傷する内容にわたっているものといえるでしょう。
二審である本判決は、交際は自主的な判断に委ねられるべきで、その過程において職場への悪影響が生じこれを是正する必要がある場合を除き、使用者は交際に介入するごとき言動を避けるべき「職務上の義務」があると論じた上で、総務課長の発言はこの義務に反し、原告に対する誹謗中傷、名誉毀損又は私生活に対する不当な介入であって違法と判断しました。
コメント
一般的に、パワーハラスメントは職場における何らかの関係性を前提として行われますが、本件では原告は福祉課、行為者は総務課と、別の部署に所属する二者間で行われたこと、また、総務課長の発言は3回のみであって、必ずしも反復継続的性があったとはいえないことから、このような行為であっても、行為の状況や性質によって、不法行為が成立すると判断された点でも注目に値する判決といえるでしょう。
本事案では、原告が総務課に対し、公務災害の申請をしようとした際に、総務課が誤った情報を伝え、原告の申請が遅れた点も問題となりましたが、判決は、総務課が誤った情報を伝えた点が故意でなく、過失によるものであったこと、誤りに気づいた後にはこれを訂正しており、原告に損害がなかったことなどから、総務課の行為には違法性がないと判断しました。
労働者から労災の申請などがされた場合、使用者としては、故意に申請を妨げてはならないのはもちろんのこと、手続においても労働者に損害を与えないよう、十分留意すべきでしょう。
著者プロフィール
石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業