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- パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
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【第17回】
上司から受けたパワハラを理由とした損害賠償請求
日本ファンド(パワハラ)事件
東京地裁平成22年7月27日判決
労働判例1016号35頁
事案の概要
消費者金融会社に勤務していた従業員3名が、上司及び会社を被告として(以下「被告上司」及び「被告会社」という。)、パワーハラスメントによる損害賠償請求訴訟を提起した事案。原告のうち1名は、被告上司のパワハラにより、抑うつ状態を発症したとして、慰謝料とともに治療費及び休業損害も請求した。
判旨
本判決は、下記の行為を不法行為と認め、原告Aについては抑うつ状態発症、休職とパワハラ行為の因果関係を認め、慰謝料60万円に加えて治療費及び休業損害を、原告Bについては慰謝料40万円を、原告Cについては慰謝料10万円の支払いを、被告上司及び被告会社に命じた。
(1)扇風機の風当て
被告上司は、12月から翌年6月頃まで継続的に、扇風機を原告A,Bの席の近くに置き、風が直接両名に当たるよう向きを固定した上で、時には「強風」の設定で扇風機を回し、原告A、Bに扇風機の風を当て続けた。
(2)始末書の提出及び会議での叱責
被告上司は、原告Aが被告上司の提案した業務遂行方法を採用していないことを知り、事情を聴取したり、弁明をさせたりすることなく原告Aを叱責した上、「今後、このようなことがあった場合には、どのような処分を受けても一切異議はございません。」という始末書を提出させた。
また、会議において、原告Aが業務の改善方法について発言したことに対し、「お前はやる気がない。なんでここでこんなことを言うんだ。明日から来なくていい。」と怒鳴った。
(3)叱責及び始末書の提出
被告上司は、本来行うべき報告が行われていなかったことを指し、「馬鹿野郎」「給料泥棒」「責任を取れ」などと原告B及びBの直属上司を叱責し、原告Bに「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした。」という文言を挿入させた上で始末書を提出させた。
(4)暴行
被告上司は、原告Cの背中を殴打し、また面談中に叱責しながらCの膝を足の裏で蹴った。
(5)暴言
被告上司は、原告Cと昼食をとっていた際に、原告Cの配偶者のことを指して「よくこんな奴と結婚したな、もの好きもいるもんだな。」と発言した。
コメント
(1)扇風機の風当てについて
本判決は、被告上司が原告A、Bに対し、通常は扇風機が回されていない時期であるにもかかわらず、両名に向けて長期間執拗に直接風を当てたことが、原告A及びBに対し不快感を与え、著しく大きな精神苦痛を与えたとして、不法行為に当たると判断しました。
被告上司は冠攣縮性狭心症及び不整脈の持病を患っていたことから、喫煙者である原告A及びBの臭いが自分の持病に悪影響を及ぼすと考え、臭いを拡散させるためにA、Bに扇風機の風を当てていたのですが、仮に臭いを避ける目的があったとしても、長期間継続的に扇風機の風を直接身体に当て続ける行為は喫煙者に対する嫌がらせと取られ、正当とは言えないでしょう。本判決でも被告上司の行為は「嫌がらせ目的であった」と認定されました。
さらに、原告Aは、扇風機の風を当てられることに悩み、別の上司に相談していたのですが、その上司からは「マフラーを巻けば」などと言われ、真摯に対応してもらえませんでした。
原告Aは、被告上司の行為について相談し、取り合ってもらえなかった直後に心療内科を受診し、「抑うつ状態」と診断されて1か月間休職するなど、原因事実とその結果が極めて近接した時期であったことなどから、治療費及び休職による休業損害との因果関係も認められました。
(2)叱責及び始末書の提出について
本判決は、被告上司の原告A及びBに対する叱責や始末書の提出を不法行為であると認定しました。
これらの行為は、いずれも原告らに対し、業務の一環として、外形的には指導の形で行われました。
しかし、被告上司の上記言動は、原告A、Bに対し雇用不安を与えたり、人格を否定し、過度に屈辱的なものでした。本判決は、被告上司が日ごろから部下を怒鳴るなど著しく一方的かつ威圧的な態度をとっていたことに照らすと、被告上司の言動はいずれも業務上の指導の範囲を超えた違法なものと判断しました。
(3)暴行について
本判決では、何ら正当な理由もないまま、その場の怒りにまかせて原告Cの身体を殴打したものであるから、違法な暴行として不法行為に該当すると認定しました。
暴行については、パワハラと判断されるだけでなく、不法行為にも該当し、ひいては暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法第204条)にあたる違法な行為といえるでしょう。
(4)暴言について
本判決では、被告の一方的かつ威圧的な言動に強い恐怖心や反発を抱きつつも、退職を強要されるかもしれないことを恐れて、それを受忍することを余儀なくされていたことに照らせば、被告の発言により自らと配偶者を侮辱されたにもかかわらず何ら反論できないことについて、大いに屈辱を感じたと認めることができるとしました。
被告上司の言動は、昼食時の軽口であったとはいえ、原告Cにとって屈辱的なものであり、社会通念上許容される範囲を超えると言えるでしょう。日常の会話のつもりであっても、当事者を取り巻く諸事情によっては、暴言と判断されることもあるため、注意が必要でしょう。
(5)被告会社の責務
原告Aは被告上司のパワーハラスメントを被告会社に訴えたり、別の上司に相談するなどしており、その際に被告会社が真摯な対応をしていれば、原告Aの損害の拡大を防げた可能性もあることから、使用者がパワーハラスメントの存在をいったん認識した以上は、速やかに再発防止策を講じるなど適切な対処が必要となるでしょう。
著者プロフィール
石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業