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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第16回】「有給休暇の取得妨害」 ― 日能研関西ほか事件

  • 精神的な攻撃型
  • パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
  • 相談対応における会社の責任についての裁判例

【第16回】
有給休暇の取得妨害

事案の概要

塾講師である原告兼控訴人(「原告」という。)が、有給休暇取得を申請したところ、上司が当該有給申請により評価が下がるなどと発言して有給休暇取得を妨害したこと、総務部長や会社代表者らが上司の行為を擁護した発言などが不法行為に当たるとして、上司、総務部長、会社代表者及び会社を相手取り、損害賠償を求めた事案。

判旨

一審は、下記のうち(1)のみを不法行為と認めたが、本判決は、(3)を除きいずれも不法行為と認め、会社及びそれぞれの行為者に損害賠償を命じた。

(1)有給休暇取得の妨害

原告が、1日間の有給休暇(6月6日)を直属の上司(「被告上司」という。)に申請したところ、被告上司は、原告が同じ月の月末に3日間のリフレッシュ休暇を取得することを指し、「今月末にはリフレッシュ休暇をとる上に、6月6日まで有給をとるのでは、非常に心象が悪いと思いますが。どうしてもとらないといけない理由があるのでしょうか。」という内容のメールを送信したほか、翌日、口頭で「こんなに休んで仕事がまわるなら、会社にとって必要ない人間じゃないのかと、必ず上はそう言うよ。その時、僕は否定しないよ。」「そんなに仕事が足りないなら、仕事をあげるから、6日に出社して仕事をしてくれ。」と発言した。この発言により、原告は、有給休暇の申請を取り下げた。

一審、二審ともに、被告上司のメール及び発言は、原告の有給休暇を取得する権利を侵害する行為であるとして違法と判断した。

(2)業務の担当変更

被告上司は、上記(1)によって原告が取り下げた有給休暇予定であった日、もともとは被告上司自身が担当する予定であった業務を、原告に割り振った。

一審では正当な業務指示であるとして違法性が否定されたが、本判決は、有給休暇を申請したことによる嫌がらせであるとして、被告上司の行為に違法性を認めた。

(3)業務の変更指示

原告及び労働組合員らが、被告上司に対し、有給申請を取り下げさせたことを抗議した翌日及び翌々日、被告上司は、メールで、原告に対し、業務の変更を指示した。原告は、この指示によって業務が増大し、原告への嫌がらせであると主張したが、一審、本判決ともに嫌がらせには当たらないとして違法性を否定した。

(4)総務部長の会議における発言

総務部長(「被告総務部長」という。)は、被告会社の部長、次長、課長及び各教室の教室長が出席する会議(原告は参加していなかった)において、「原告の主張は合法であるが、忙しい時期でもあるし、被告上司の言動は理解できる。原告は、同窓会(*塾を卒業した元生徒らとの懇親会)がある7月20日にも有給休暇の申請をしている。労基署の監督官が、『私が先生なら同窓会に参加します。』と言っていた。」との発言が、原告の名誉感情を侵害するもので違法であるとして、20万円の慰謝料支払を命じた(原告の請求は50万円)。なお、一審はそもそも違法性がないと判断していた。

(5)会社代表者の社員集会における発言

被告会社の代表者(「被告代表者」という。)は、被告会社の全社員が参加する社員集会において、被告上司の行為につき「あんなものは、私はパワハラだとは思わない。」「今後、有給休暇はよく考えてから取るように。」と発言した。一審は、この発言が被告代表者の個人的発言又は一般論であるとして違法性を否定したが、本判決は、いずれも違法として、20万円の慰謝料支払を命じた(原告の請求は50万円)。

(6)被告会社の職場環境整備義務違反

一審は否定したが、本判決は、被告会社が団体交渉において、被告上司の行為を擁護する発言をしたこと、被告上司に対する事情聴取が十分でなかったために、倫理委員会(被告上司の行為につき審議)の開催が遅れたなどとして、被告会社には職場環境整備義務違反があったとして、20万円の慰謝料支払を命じた(原告の請求は50万円)。

コメント

(1)有給休暇取得の妨害について

有給休暇は、労働者が時季を特定して請求すれば、使用者が適法に時季変更権を行使しない限り、使用者の承認なくして成立する(全林野白石営林署事件・最二小判昭和48年3月2日判決)ことから、使用者が有給休暇の取得を妨げることは許されません。 本件では、被告上司は原告の申請に対し、時季を変更することなく、「有給休暇をとれば評価が下がる」と受け取れるような発言をしました。

被告上司が原告の一次考課者であったことから、このような発言は、その地位を利用して有給休暇取得申請の取下げを強要したものであって、違法と判断されました。さらに、被告上司が、数ヶ月前に特段の理由なく原告の有給休暇の申請を撤回させたことなども踏まえ、有給休暇の申請を取り下げさせた行為は極めて違法性の程度が高いと断じました。

被告上司の発言は、直接的に取下げを指示するものではありませんが、取り下げなければ不利益があるかのような発言は、上記のとおり、取下げの強要と判断されかねません。

労働者の権利行使を妨げるような発言は、違法と判断される可能性が高いので、使用者としては注意が必要でしょう。

(2)業務の担当変更について

本判決は、被告上司が、原告には同日やるべき業務があることを知りながら、何ら合理的な理由なく、もともとは被告上司自身が担当する予定であった業務を原告に行わせたことが、原告が有給休暇を申請したことに対する嫌がらせであり、原告の人格権を侵害する違法な行為であると判断しました。この業務の担当変更は、原告が有給休暇を申請した3日後に行われています。

合理的な理由なく、業務の担当者を変更することは、上記のとおり嫌がらせと解される余地があるというべきでしょう。

(3)業務の変更指示について

この指示は、原告だけではなく、他の社員に対しても行われたものでしたが、原告の作業の締め切りが一番早く設定されていました。もっとも、上記(2)と異なり、指示が原告に対してのみ出されたのでないこと、他の社員の業務状況を勘案して原告の作業の締め切りを定めたことから、違法とは評価されませんでした。

業務の変更、割り振りなどについては、業務の状況を鑑み、適正に指示すべきでしょう。

(4)被告総務部長の会議における発言について

この発言は、不特定人に対しなされた発言ではなく、被告会社の内部会議において特定人に対し、行われたものでした。被告らは、被告総務部長の個人的意見であり、管理職らの指導のために述べたなどと主張しました。

しかし、本判決は、違法でないと判断した一審を覆し、被告総務部長の発言は、単に個人的な見解を述べたものにとどまらず、違法であることが明らかな被告上司の行為((1)の有給休暇取得妨害)を擁護し、原告の有給休暇申請が不適切であるという見解を被告会社の管理職らに伝えるために、原告の実名をあげて行われており、原告の名誉感情を侵害すると断じました。

会社内部で行われた発言であっても、労働者の名誉を侵害するような行為と判断されたのです。本判決は、管理職に対し、被告会社の大切な行事である同窓会の日にはなるべく出席するべきだという心構えを指導することそのものは否定しておらず、そのために原告の実名を出すことは必要でなかったと判示していますので、具体的な実例を挙げて指導するにしても、個人の実名を出すには注意を要します。

(5)被告代表者の社員集会における発言について

本判決は、一審を覆し、たとえ個人的意見であっても、社員集会の場において、原告の有給休暇申請が不適切であるかのような発言をしたことは、原告の名誉感情を侵害すると判断しました。

(6)被告会社の職場環境整備義務違反について

上記(1)、(2)、(4)及び(5)などに対する被告会社の対応、団体交渉における対応が不十分であったとして、被告会社自身の責任が認められました。

使用者は、労働者からハラスメントの申告があり、これを認識した後には、適切に対応しなければ、上記のとおり会社自身の責任を追及されることもあり得ますので、事前の予防策だけでなく、事後的な対応も迅速に行うべきでしょう。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業