長崎地裁令3.1.19判決
労判ジャーナル110号22頁
判例時報2500号99頁
結論
顧客(保育園の保護者)からの強い心理的負荷を受けた保育士に対する事後の使用者の対応が十分でなく、安全配慮義務違反を認めつつ、不十分ながら一定の措置を講じたことを考慮して過失相殺を認めた。
事案の概要
Yが経営する保育園に勤務していた亡Aの相続人Xらが、同保育園で発生した騒動(*)によって業務上強度の心理的負荷を受けてうつ病を発症し、自殺するに至ったと主張し、安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償を請求したところ、Yから、負担軽減や臨床心理士によるカウンセリングの実施をしたなど、適切な安全配慮措置を講じたとの反論を排斥して、損害賠償責任を肯定しつつ、同措置を講じたことも考慮して過失相殺を肯定した。
*騒動とは
保育園の保護者らが帰宅途中の保育士を呼び止め車内に引き込むなどして(なお、この保育士は、翌月、この際の恐怖を理由に退職した。)、保育士らが園児を虐待していると訴えた。保育園に対して、事実関係を確認したいと要望し、その翌日午後8時頃から、保育園側から理事長、園長、保育士ら、Yが出席し、保護者側20名弱、許可を得て同席した新聞記者2名、保護者に紛れて無断で参加したテレビ局記者が出席した会合が約3時間にわたって行われた。
同会合では、虐待を訴える保護者らが、亡Aを含む保育士らに対して一人ずつ確認をするなどし、平行線のまま終わった。虐待を訴える保護者らは全般的に威圧的であり、保育園側の説明に聞く耳をもたず、これに同調する保護者もいたが、多くの保護者が保育園側に好意的で、職員を擁護するなどした。
なお、訴訟では争点は多岐にわたっているが、本サイトでは上記に関係する部分に絞って紹介する。
判決のポイント
1.安全配慮義務違反等
(1)騒動によって強い心理的負荷を受け、その後も業務上の心理的負荷が継続していたことから、亡Aの心身の健康状態に留意し、心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康に変調をきたすことがないように注意すべき義務があるところ、①臨床心理士のカウンセリングを実施し、個人面談を行って職員の心身の状態を把握し、②業務量を削減して職員の負担の軽減を図り、③亡Aのクラス担当の希望を受け入れるなどしたものの、以下の通り①②③それぞれのいずれについても十分な措置とはいえず、安全配慮義務違反を肯定した。
①について
カウンセリングにつき、心身の不調が述べられ、その後も心理的負荷が継続していたにもかかわらず、その後のカウンセリングを実施されなかったこと、面談につき、上司が認識していた亡Aの心身の不調や負担等についても面談記録に残されておらず、面談が心身の状況や業務負担を把握し、改善するために十分に機能していなかったと認められ、十分な措置を講じたとはいえない。
②について
騒動後の業務量の削減は一定の効果があったと窺われるものの、騒動前と比べて保護者への対応に注意を払う度合いが増し、亡Aの継続的な心理負荷は続いたと考えられ、亡Aの心理的負荷の程度を軽減させるほどの効果があったとまでは認められず、十分な措置を講じたとはいえない。
③について
措置自体は適切なものであったということができるものの、希望が適わなかった点があり、亡Aが了承していたとしても、亡Aの心身の状態に注意を払う必要があったこと、その他の業務負担の増加も見込まれたこと等も考慮すると、十分であったとはいえない。
2.過失相殺
上記①の対応が十分に機能したといえないが、心身の不調を訴えて業務負担の軽減を申し出た形跡も見当たらず、(上記③の対応の前提として)面談の際に自己の意向を伝えていることから同申出が困難であったとも認められない。
そのほか、原告のうちの1人である夫が、亡Aに心療内科の受診を勧めるなどの措置をとり得たことなども、亡Aの症状の持続又は増悪に一定程度影響したとして、3割の過失相殺を認めた。
コメント
カスハラによる心理的負荷があった労働者に対する事後対応としては
- 当該事案で負荷を軽減する合目的的な措置であるか(手段と目的との関連性の検討)
- その効果として目的を達しているかどうか(効果の検証)
といった視点が必要
本件は、上記のとおり、保護者からの言動が威圧的であったなどと認定されているものの「カスハラ」かどうかが認定されているわけではありません。しかし、顧客との対応において一定程度の心理的負荷があった労働者がいる場合、措置が十分でないときは安全配慮義務違反が認められるため、会社の「従業員への配慮の措置」としてカスハラ対策の参考となる事案といえるでしょう。また、今後は労働施策総合推進法でカスタマーハラスメント対策の雇用管理上の措置義務が課されるようになることから、さらに事業主の責任がもとめられることが考えられます。
措置の中身をみていくと、精神面への配慮として臨床心理士のカウンセリング(①-1)、面談(①-2)のほか、業務量の削減等(②)が行われ、一般的には、業務による心理的負荷が低くなることが期待される措置を講じていると考えられます。
しかし、本件で、①-2は、心身の不調や業務負担等の把握及び改善といった観点で必要十分ではないことが、②は、心理的負荷の要因との関係での負担の増加が、①-1は、その後も心理的負荷が継続する状態が続いたにもかかわらず不十分な対応であったことがそれぞれ指摘されるとおり、心理的負荷を軽減する目的との関係で合目的的な措置であるかどうか、単に措置を講じればよいのではなく目的を達しているかどうかといった視点が必要であるといえるでしょう。
なお、担当業務に関する希望の聴取等(③)について指摘されるように、本人が了承しているという一事をもって心理的負荷が軽減されることの担保とはいえず、本人が了承するにいたった背景なども考慮する必要があることにも留意する必要があるでしょう。
(令和8年3月執筆)