甲府地裁平30.11.13判決
労判1202号95頁
結論
児童の保護者等から理不尽な要求を受けた小学校教諭Xに対し、謝罪を強いるなどをした学校長の対応がパワーハラスメントにあたり、不法行為を構成してXに対し損害賠償責任を負う。
事案の概要
Xは、山梨県公立小学校の教諭として採用され、甲府市立の小学校に勤務して学級担任を務めていたところ、担任する学級に所属する児童を訪問しようとして立ち寄った同児童の住居の庭において、同所に飼育されていた犬に咬まれて約2週間の加療を要する咬創の傷害を負った(なお、通勤災害として公務災害に該当するかどうかが後に裁判で争われ、公務災害に該当すると判断した東京高等裁判所の判決が確定している。)。
同校校長であるA校長は、Xが上記児童の保護者等から非難や謝罪の要求を受けた際に、Xに対し、Xの発言に行き過ぎた言葉があったとして、謝罪をするよう求めるなどしたところ、Xが、A校長の対応が、安全配慮義務に違反すると主張して、Yら(甲府市及び山梨県)に対して損害賠償請求(国家賠償法1条1項、3条1項)をした。
なお、訴訟ではほかに多数の不法行為の該当性等についても争われるなど、争点は多岐にわたっているが、本サイトでは上記の保護者等からの要求に対する上司の対応に関係する部分に絞って紹介する。
判決のポイント
1.A校長の具体的な言動の内容及び言動に至る経緯等
(1)経緯
- Xは、傷害について受診した医療機関の医師から、飼い犬の傷害保険の加入有無を聞いてみたらどうか、という助言を受ける。
- Xは、児童の母に対して、電話で、「賠償責任というような保険に入っていたら、使わせていただきたい」と話した(その後、同母は、加入有無を確認したうえで、Xに対し、保険加入はしていなかった旨回答した。)。
- Xは、謝罪及び治療費の支払の申出のためにX宅を訪れた上記児童の父母に対して、同申出を辞退したものの、同父母が、Xの妻が帰り際に述べた発言(省略)を、普通は(治療費の支払等の)補償をするものだという趣旨と捉え、上記児童の父が、A校長に電話して、Xが補償を求めている、Xの話が脅迫めいている、A校長を交えて原告と話したいと述べた。
- A校長がXに対して経緯をまとめた書面を作成するよう指示し、Xが作成した報告書(Xが「賠償責任というような保険に入っていたら、使わせていただきたい」と述べた旨記載のあるもの)を見て、「賠償」という言葉を使ったこと等を非難した。(*この言動も別途不法行為として主張されている。)
- XはA校長に対して同報告書を見せて、自身が同席するのかたずねたところ、A校長から「当たり前だ」と言われた。
(2)本件の言動
- 児童の父及び祖父(児童の母の父)が、小学校を訪問し、上記報告書を見た同祖父が、「地域の人に教師が損害賠償を求めるのは何事か」とXを非難するとともに謝罪を求め、Xは、同祖父から「金は払う」と言われた際に受け取れない旨回答したものの、A校長から、Xの上記児童の母に対する電話での発言に行き過ぎた言葉があったとして、上記児童の父及び祖父に対して謝罪するよう求められ、謝罪した。また、上記児童宅を訪れて、(上記母に)会ってもらえなくても、行って謝ってこいと謝罪するよう指示を受けるなどした。
2.A校長の本件の言動の違法性等
Xには謝罪すべき理由がないことを指摘し、A校長は、同保護者らの「理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動したというほかない」として、パワハラに該当するとともに違法なものとした。
コメント
カスハラ対応においては事実関係を冷静に判断して的確に対応することが必要
その場を収めるために安易な行動をすべきではない
本件は、上記のとおりパワハラの有無について判断が示された事案ですが、カスハラに対して不適切な対応をとったことで賠償責任が認められた事例としても参考となります。
カスハラについては、令和8年10月1日施行の改正法により、防止するために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務とされます。
カスハラかどうかを判断するに当たっては、言動の内容(①)及び手段や態様(②)に着目して、様々な要素を総合的に考慮する必要があり、たとえば、当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、当該言動の行為者との関係性等から、社会通念上許容される範囲を超えるものであるかどうかを検討することとなるでしょう。
本件では、保護者等から謝罪を要求されているところ、その言動の経緯や状況等からするとXには謝罪すべき理由がなく要求内容が妥当性を欠いたものであり、カスハラに該当し得るものと考えられます。これに従うよう謝罪を強いたA校長の言動は、たとえその場を収めるためであったとしても、客観的には上記のとおりその必要がなかったのですから、パワハラに当たると評価されたことはやむを得ないものであり、現場で感情的な顧客との対応の中で上記の各要素を総合的に考慮することが必ずしも容易ではないことを考えると、その場を収めるために安易な行動をすべきでないこともまた本判決指摘のとおりでしょう。
このように、カスハラ対応を誤るとパワハラに該当して不法行為として違法なものとされることがあるため、事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認をすることが必要です。加えて、改正法に対応するためにも、本サイトに掲載されている資料等を参考にし、あらかじめ、内部の体制や相談の方法等も整えておく必要があります。
(令和8年3月執筆)