あかるい職場応援団
厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第70回】「カスタマーハラスメント(カスハラ)を受けた従業員に対し、使用者はカスハラ対策を行っており、安全配慮義務違反はないとして、損害賠償責任を否定した事案」―NHKサービスセンター事件

  • 顧客等からの著しい迷惑行為
  • カスハラに対する会社(使用者)の責任についての裁判例

【第70回】
カスタマーハラスメント(カスハラ)を受けた従業員に対し、使用者はカスハラ対策を行っており、安全配慮義務違反はないとして、損害賠償責任を否定した事案

結論

カスタマーハラスメント(カスハラ)の被害を受けた従業員Xに対し、雇用主であるYは従業員の心身の安全を確保するためのルールを定めて対応を行っており、Yに安全配慮義務違反はなく、Xに対し損害賠償責任を負わない。

事案の概要

Xは、放送局であるA社の放送の普及と番組広報等を行う一般社団法人Yが運営するコールセンターで、コミュニケーターとして勤務していた。Xが視聴者からの電話対応の業務でわいせつ発言や暴言等を受けたことにつき、XはYがそうしたわいせつ発言や暴言等に触れさせないようにする安全配慮義務(労働契約法5条)に違反したと主張し、Yに対し債務不履行(民法415条)を理由として損害賠償を請求した。なお、訴訟ではほかにXの定年後の継続雇用の可否等についても争われるなど、争点は多岐にわたっているが、本サイトではカスハラに関係する部分に絞って紹介する。
第一審(横浜地裁川崎支部令和3・11・30判決)は、Yに安全配慮義務違反はなく損害賠償責任を負わないと判断。Xが控訴したのが本事案である。

判決のポイント

1.Yにおけるカスハラ等への対策の内容

Yには視聴者から番組内容等とは関係のない電話、卑わいな内容や暴言等を含む電話もあることから、コミュニケーターの対応手順(マニュアル)が作成され、周知されていた。具体的には、わいせつ電話については、転送指示を待たずに直ちに上司であるスーパーバイザーに転送すること、及び、同じ日における同一人物からの2回目以降のわいせつ電話に対しては、コミュニケーターの判断で即切断することが認められていた。また、電話で大声が出されるような場合は、ヘッドセット(電話の受話器)を外したり、転送したりすることが認められていた。

2 安全配慮義務の観点から見た評価

(1)上記1などから、Yは「視聴者のわいせつ発言や暴言、著しく不当な要求からコミュニケーターの心身の安全を確保するためのルールを策定」しそれに沿った対応をしていると認められる。

(2)さらに、Yでは電話によるメンタルヘルス相談や、面接によるカウンセリング等を無料で受けられること、ストレスチェックを実施し、必要な場合に希望により産業医の面接指導が受けられることなどを「総合考慮すれば、YについてXに対する安全配慮義務を怠ったと認めることはできない」として、Yの損害賠償責任を否定した。

コメント

1 カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)について生じる法律問題
顧客等によっていわゆるカスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)が行われた場合、さまざまな法律問題が発生します。行為者(加害者)である顧客等は、不法行為(民法709条)を行ったとして損害賠償責任を負う可能性があります。また、カスタマーハラスメント(カスハラ)行為が暴行(刑法208条)など犯罪に該当する場合、刑事責任を負う可能性もあります。
他方で、従業員に対し、会社など使用者は安全配慮義務(労働契約法5条)を負っています。よって、カスハラの被害を受けた従業員を放置するなど、安全への配慮が十分でなければ、安全配慮義務違反を理由として損害賠償責任(債務不履行責任(民法415条))を負う可能性があるのです。
本件では、コールセンターの従業員Xが、電話対応の中で暴言やわいせつ発言といった典型的なカスハラを受けたことについて、自らの使用者であるYに対し、安全配慮義務違反を主張して損害の賠償を求めました。このように、カスハラは行為者(加害者)の責任だけでなく、被害を受けた従業員を雇用する使用者の責任も問題となることがあります。企業など使用者は、カスハラに関する対策等を怠ることが、自社の法的責任につながりうることも意識し、厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」等も参照しながら対策を進めることが望ましいといえます(「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、ハラスメント対策の総合情報サイト「あかるい職場応援団」の「ハラスメント関係資料ダウンロードコーナー」からダウンロードできます)。

※カスハラ対策に関しては、2025年3月現在、いわゆるパワハラ指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号))において、事業主として対応することが「望ましい」と位置付けられています。さらに、事業主に対する防止措置の義務付けなどを含む法制化も検討されていますので、最新情報に注意が必要といえます。

2 カスハラ対策のポイント
本判決は、ひと言でいえば、会社(使用者)として取るべきカスハラ対策をしっかり行っていたから、従業員に対する賠償責任は負わない、と判断したものです。
具体的な対策としては、対応ルールを定め、周知を行っていたこと、特に、実際にカスハラというべき暴言やわいせつ発言があったときの具体的な対応策を定め、実際にそのルールどおりに運用していたことが、安全配慮義務違反を否定する重要なポイントになったものと考えられます。企業など使用者は、従業員が現場で対応に迷うことのないように、具体性をもった対応ルールやマニュアルを整備することが大切といえます。
また、以上に加えて、メンタルヘルスに関する電話相談やカウンセリングを行い、従業員が被害を受けた場合などにもフォローする態勢を整えていたことも注目されます。カスハラは行為者(加害者)が社外に存在するため、社内でのルール整備や研修等を重ねても、完全になくすことは難しいといえる面があります。そこで、発生時に被害者をフォローすることが不可欠です。企業など使用者は、カスハラの予防策や対応ルールはもちろん、カスハラの被害を受けた従業員に対する心身のケアも意識することが重要といえるでしょう。

 

著者プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学法学部 教授