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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第59回】 「上司がいじめを認識しつつ対応を取らなかったため自殺したとして、損害賠償請求が認められた事案」 ―川崎市水道局事件

  • 精神的な攻撃型

【第59回】
上司がいじめを認識しつつ対応を取らなかったため自殺したとして、損害賠償請求が認められた事案

結論

安全配慮義務違反により、国家賠償法に基づき、慰謝料等の賠償請求が認められた。

事案の概要

Xらの長男であるAは、被告Y1市水道局の職員として勤務を開始した後、水道局工事用水課がXに対し、水道工事(以下「本件工事」という。)を行うために土地の貸し出しを求めることがあり、これに対し、Xは拒否ししたため工事費が増加するといった出来事があった。その後、Aは異動により同課に配属されたところ、自殺するに至った。Xらは、Aが、同課の課長であるY2、係長であるY3、主査であるY4からのいじめ、嫌がらせなどにより精神的に追い詰められて自殺したとして、Y1らに対し、損害賠償を請求した。

判決のポイント

(1)Aが工業用水課に配属になっておよそ1か月ぐらい経過したころから、内気で無口な性格であり、しかも、本件工事に関するXとのトラブルが原因で職場に歓迎されていない上、負い目を感じており、職場にも溶け込めないAに対し、上司であるY2ら3名が嫌がらせ行為を執拗に繰り返し行ってきたものであり、挙げ句の果てに厄介者であるかのように扱い、さらに、精神的に追い詰められて欠勤しがちになっていたもののXから勧められて同課における初めての合同旅行会に出席したAに対し、Y4が、ナイフを振り回しながら脅すようなことを言ったものである。そして、その言動の中心はY4であるが、Y2及びY3も、Y4が嘲笑したときには、大声で笑って同調していたものであり、これにより、Aが精神的、肉体的に苦痛を被ったことは推測し得るものである。

(2)工業用水課の責任者であるY2は、Y4などによるいじめを制止するとともに、Aに自ら謝罪し、Y4らにも謝罪させるなどしてその精神的負荷を和らげるなどの適切な処置をとり、また、職員課に報告して指導を受けるべきであったにもかかわらず、Y4及びY3によるいじめなどを制止しないばかりか、これに同調していたものであり、職員課長であるB課長から調査を命じられても、いじめの事実がなかった旨報告し、これを否定する態度をとり続けていたものであり、Aに自ら謝罪することも、Y4らに謝罪させることもしなかった。また、Aの訴えを聞いたB課長は、直ちに、いじめの事実の有無を積極的に調査し、速やかに善後策(防止策、加害者等関係者に対する適切な措置、Aの配転など)を講じるべきであったのに、これを怠り、いじめを防止するための職場環境の調整をしないまま、Aの職場復帰のみを図ったものであり、その結果、不安感の大きかったAは復帰できないまま、症状が重くなり、自殺に至ったものである。
したがって、Y2及びB課長においては、Aに対する安全配慮義務を怠ったものというべきである。

(3)以上の事実関係に加えて、精神疾患に罹患した者が自殺することはままあることであり、しかも、心因反応の場合には、自殺念慮の出現する可能性が高いことをも併せ考えると、Aに対するいじめを認識していたY2及びいじめを受けた旨のAの訴えを聞いたB課長においては、適正な措置を執らなければ、Aが欠勤にとどまらず、精神疾患(心因反応)に罹患しており、場合によっては自殺のような重大な行動を起こすおそれがあることを予見することができたというべきである。したがって、Y2及びB課長の安全配慮義務違反とAの自殺との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

(4)したがって、Y1市は、安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を負うというべきである。

コメント

職場責任者は、職場内でのいじめを認識した際には、いじめを制止するなどの対応が必要であることを明らかにした裁判例である。

本裁判例を踏まえますと、職場責任者は職場内でいじめがあるとの疑いが生じた場合には、①直ちに、いじめの事実の有無を積極的に調査し、②いじめの事実があると認識した際にはいじめを制止するとともに、いじめの加害者らにも謝罪させるなど、被害者の精神的負荷を和らげる処置をとるだけでなく、③人事担当部門に報告して指導を受け、④速やかに善後策(防止策、加害者等関係者に対する適切な措置、配転など)を講じるなどといった対応を検討すべきと考えます。

 

著者プロフィール

荻谷 聡史(おぎや さとし)
安西法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録