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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第55回】 「消防署の管理係長がうつ病に罹患し、自殺したことは、公務と相当因果関係があるとして、これを否定した地公災基金支部長の公務外認定処分を取り消した事例」 ―地公災基金神戸市支部長(長田消防署)事件

  • 精神的な攻撃型

【第55回】
消防署の管理係長がうつ病に罹患し、自殺したことは、公務と相当因果関係があるとして、これを否定した地公災基金支部長の公務外認定処分を取り消した事例

結論

長田消防署管理係長Xは、配置転換によるストレス、上司であるA署長との軋轢、超過勤務により、公務の遂行において精神的及び肉体的に相当程度の負担と認められる程度の過重な負荷をうけたことから、うつ病を発症し、同うつ病により自殺に至ったのであるから、同人の死亡は公務に起因するものである。

事案の概要

長田消防署管理係長Xが自殺により死亡し、同人の配偶者が、地方公務員災害補償法に基づく公務災害の認定を請求したところ、地方公務員災害補償基金神戸市支部長が、同人の死亡は公務外の災害であると認定したため、当該配偶者が、Xの死亡は、上司であるA署長との軋轢等公務によるものであるとして、公務外の災害であるとした処分の取消を求めた事案

判決のポイント

1 公務の負荷

※本件においては、大きく、①配置転換によるストレス、②上司であるA署長との軋轢及び③業務の時間的多忙さから、Xの公務による負荷が検討されているが、ここでは②の点について述べる。

(1)前提として、Xは平成3年4月より、長田消防署管理係長として、庶務、経理、庁舎管理等を行うことになったが、同時期長田消防署署長としてAが着任した。Xは以前もA署長のもとで勤務したことがあるがその際同人の態度に耐えかねて転勤を希望した経緯があった。

(2)A署長に、嫌がらせやいじめを行う意図があったとは認められないものの、以下のような行為は、Xの自尊心を傷つけるような度重なる指示・命令・叱責等と評価される。

  • Xに対し、経理関係事務の決済の際には詳細なチェックを行い、疑問点が生じるごとにXに詳細な説明を求め、十分な説明ができなかったときには、担当者を呼んで、Xの面前で直接説明させた
  • 部下である管理係員の面前でXを大声でどなり、書類を机にたたきつけた
  • 署長公舎の備品購入に際し、費用の捻出方法に配慮せず、次々とXに指示した
  • 署長公舎の駐車場設置工事について、Xを介さず直接業者と交渉したり催促をしたりしたため、Xの業務量が増えた
  • 同工事に伴う近隣住民への挨拶回りにつき、不要であるとしたA署長に対し、Xが施設課からの指示であるので行かせてほしいと述べたところ、「施設課の指示に従うのか、署長の指示に従うのか、俺の指示に従え」などと大声で叱責した。

(3)A署長は、以前に他の職員を他の者の面前で激しく叱責し、同職員にA署長を「殺したい。」と思わせるほどの精神的苦痛を与えたり、さらに他の職員からもA署長を「絶対許せない。これから行って殺したる。」という言葉を発するほどに強い反感をもたれていたことなどから、A署長のXに対する指示命令や言動は、同種の公務に従事することが一般的に許容される程度の心身の健康状態を有する職員を基準としても、強度の心理的負荷を与えるものであった。

(4)従ってストレス強度はⅢ(※人生の中でまれに体験するような強いストレス)に近いものであった。

2 Xの性格と公務の関係

Xのうつ病発症に際しては、同人のメランコリー親和型性格(※真面目・几帳面・責任感が強いといった性格)等の素因が介在していたことは否定できないとしても、同性格は通常人の正常な範囲を逸脱するものではない、等からすれば、公務上のストレスがより大きな要因となって発病に至っているから、Xの発症は当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、公務とうつ病との間に相当因果関係を認めることができる。

コメント

多種多様な性格や受け止め方を前提とした対処が必要

職場には、様々な性格の者がおり、また、様々な人間関係がありますから、同じ上司の言動であっても、部下の受け止め方や受けるストレスの程度には個人差があるところです。  そのため、部下から上司の言動について相談を受けた人事担当者等が、当該上司の言動が不適切なものなのか、それとも、個人の性格や人間関係に基づく受け止め方の問題なのか判断に悩んだり、あるいは、部下の立場からすると、相談しても「あなたが真面目に受け取り過ぎるせいではないか。」などと性格の問題として片付けられてしまったり、ということが起こり得ます。

本件では、A署長のXに対する自尊心を傷つけるような指示や叱責等のストレスの程度が強いものであったという判断に至るひとつの要素として、A署長が他の者にも「殺したい」と思わせるほどの反感を抱かれていたことが挙げられ、同種の業務に従事することができる心身の健康状態を有するものを基準としても、強度の心理的負荷を与えるものであったと判断されています。このように、他の者の受け止め方は、相談を受けた人事担当者等が事案を処理するにあたり、一つの参考となるでしょう。

しかし一方で、本件で、うつ病発症に際し、Xの性格が影響したことは否めないとしても、その性格は通常人の正常な範囲を逸脱するものではないとされているように、例えば相談者ひとりだけが気にしている、という場合であっても、当該相談者の性格の問題であると決めつけることもまた適切ではありません。一般に職場にいる労働者の性格の多様性の範疇であるならば、上司側に注意を与えることを含め、慎重に対処する必要があります。

 

著者プロフィール

加藤 純子(かとう じゅんこ)
渡邊岳法律事務所 弁護士
2008年 弁護士登録