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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第25回】「上司のパワーハラスメントが原因で休職したものとして地位の確認と損害賠償を請求した事件」 ― 大裕事件

  • 精神的な攻撃型
  • パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例

【第25回】
上司のパワーハラスメントが原因で休職したものとして地位の確認と損害賠償を請求した事件

事案の概要

機械の製造販売等を業とする会社に勤務していた原告が、会社から休職期間の満了により自然退職となった旨の通知を受けたところ、上司からパワハラを受けたことが原因で適応障害を発症し休職していたものであると主張し、会社に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び就労が不可能になった期間の賃金の支払いを求めるとともに、上司に対し、不法行為に基づく損害賠償を、会社に対し使用者責任に基づく損害賠償を請求した事案。

判旨

(1)判決

上司のパワーハラスメントを一部認定し、さらにパワーハラスメントと適応障害との因果関係も肯定した上で、原告の地位確認を認容し、賃金請求を全額命じ、慰謝料については原告の請求額の一部の支払いを命じた。

(2)パワーハラスメントと認定された行為

 ア 金庫室の施錠に関する件

終業時間の午後5時が迫っていたが、5時以降も支払等による金庫室の利用の必要性が予想されたため、原告がセキュリティーキーを管理している同僚に金庫室の施錠を待ってもらっていたところ、金庫室の施錠の手順や管理方法について注意・指導を受けたことはなかったにもかかわらず、上司は、原告が他部署の担当者と打合せを行っている際に突然割り込み、同担当者の前で、原告に対し、1メートルの至近距離で、「金庫室なんかいつまでも開けておいたらあかんに決まってるやろ。防犯上良くないことくらいあほでも小学生でも分かるやろ」と感情的な大声で怒鳴りつけるとともに、原告の言い分を聞こうともせずに、「言い訳はええんじゃ。金庫を17時にしまう決まりなんやったらきっちり守れや」と感情的な叱責を繰り返した。

 イ 補助金関係書類作成の件

原告が、指示された補助金関係書類を作成している際、上司は原告に対し、「いつも言うてるやろ。報・連・相やぞ。そんなん社会人やったら知ってて当たり前やろ。あほでも知ってるわ」「(原告)さんは前からやけど仕事が遅い。前任者に比べて時間が4倍5倍掛かってるんや。能力が劣ってんな」と叱責するとともに、原告が残業にならないよう作業を進めていた旨述べたのに対し、「そんなんちゃうやろ」「(原告)さんは仕事のスピードが人より遅いんやから今回の修正の仕事については、夜中まで、朝まで掛かってもやってや」「今回の仕事の意味分かってんのか。(原告)さんのチェック漏れやミスがあって、つじつまが合わんの提出したら、申請が認められなくなって、何百万円という、もらえるはずの人件費が全部パーになるんや」と高圧的な強い口調で叱責した。

(3)パワーハラスメントと適応障害との因果関係

原告の業務の状況、パワハラの時期と発症の時期、原告の精神障害発症と対人関係上のストレスの間には因果関係がある旨の医師の意見書、原告に精神障害の既往歴がないことなどから、パワハラ行為と適応障害との間には相当因果関係があると判断した。

(4)休職命令及び当該命令を前提とする自然退職の有効性について

会社の休業に関する就業規則において、「勤続満1年以上の者で業務外の傷病により、欠勤が90日以上に達したとき」は休職を命ずる旨規定されているところ、会社は同規定に基づき原告に休職命令を発するとともに、就業規則上の休職期間の満了により、原告が自主退職したものとして取り扱ったが、原告の精神障害は、会社の業務遂行中に上司から受けたパワハラ行為により発症したものというべきであり、同疾患は「業務外の傷病」には当たらず、休職命令は就業規則上の根拠を欠く無効なものであると判断した。

また、当該休職命令を前提とする自然退職により、原告と会社との間の雇用契約が終了したということはできず、原告は会社に対し、雇用契約上の権利を有する地位であると判断した。

コメント

(1)パワーハラスメントとされた行為について

被告らは、上記金庫室の施錠に関する件、補助金関係書類作成の件につき、いずれもパワーハラスメントには当たらないと主張しましたが、判旨は、上司の叱責の態様・内容・状況、注意・指導の必要性、原告と上司の従前の人間関係、原告に与えた心理的負荷の程度等に照らし、業務上の指導の範囲を著しく逸脱し、原告の人格権を侵害するものであると評価しました。

一方、この他に原告がパワハラであると主張した、上司が原告に対し「何やってんの。何時間掛かってんの」「そんなに時間が掛かるものなんか」と大声で叱責したことについては、適切とは言い難いものの違法ではない、と評価しました。

パワハラと評価された言動、パワハラでないと評価された言動はどちらも業務遂行に際し上司が大声で原告を叱責していますが、パワハラとされた言動は、「時間が掛かる」という事実の指摘にとどまらず、「あほでもわかる」「能力が劣っている」など、原告の能力が低いと原告の人格を否定するような内容であり、原告に与えた心理的負荷はより大であるといえます。

上司としては、部下の能力が低く、仕事が遅いと感じた場合であっても、人格を否定するような表現は避け、客観的事実の指摘にとどめる、抽象的な批判ではなく具体的な改善方法を指導をするなど注意すべきでしょう。

(2)パワーハラスメントと適応障害との因果関係について

原告は本訴えに先立って、労働基準監督署に対し、本件につき労災請求をしましたが、原告の疾病は業務起因性がないとして不支給決定がなされていました。

この点について、本判決では、労災保険法に基づく保険給付請求の場合と不法行為に基づく損害賠償請求の場合とでは、法的な判断枠組みが異なるとした上で、パワーハラスメントと疾病の間には相当因果関係があるとして、原告の請求を認めました。また、原告の症状とパワハラ等との因果関係につき医師の意見書は2種類あり、ある医師は適応障害と仕事及び対人関係上のストレスとの間に因果関係が認められると述べ、他方、別の医師は適応障害の発症要因は多岐にわたるので発症原因は不明であると述べましたが、本判決では、前者を認定事実としました。このように、本件は医師間で意見が異なるほか、行政と司法の判断(事実認定から異なる)も異なっており、判断の難しいケースといえるでしょう。

(3)休職命令及び当該命令を前提とする自然退職について

本判決は、業務外の傷病であることを前提とした就業規則上の休職命令は無効であるとして、これに続く休職期間満了による自然退職も認められないと判断しました。

類似のケースに東京高裁平成25年2月27日判決(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件、第16回)があり、同判決では、パワハラ自体は認定されたものの、適応障害とパワハラとの因果関係が否定された結果、業務外の傷病によって休職したものとして、地位確認や賃金請求は排斥されました。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業