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「ハラスメント基本情報」【第23回】「所属部の問題点を上申したことにより報復を受け退職を余儀なくされたとして慰謝料を請求した事案」 ― 千葉県がんセンター事件

  • 過小な要求型
  • パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例

【第23回】
所属部の問題点を上申したことにより報復を受け退職を余儀なくされたとして慰謝料を請求した事案

事案の概要

県(被告、控訴人)が設置するがんセンター手術管理部に勤務する麻酔科医であった原告(被控訴人)が、直属の上司である手術管理部長を通さずに同部の問題点をセンター長に上申したところ、当該部長から、一切の手術から外すなどの報復を受けて退職を余儀なくさせられたとして、県に対し、国家賠償法1条1項又は民法の使用者責任(同法715条)に基づき、200万円の慰謝料の支払いを請求した事案。

原審は県に対し慰謝料50万円の支払いを命じたが、控訴審である本判決はその金額を30万円に減じた。

判旨

(1)原告を手術の担当から外した事実

原告が手術管理部の問題点を指摘する以前、がんセンターにおいて行われた手術は月に171~207件あり、このうち原告が手術の麻酔を担当したのは毎月12~21件であったが、原告がセンター長に同部の問題点を指摘した後の2週間は、麻酔科医立会いの手術が各週ともに50件程度は行われていたにもかかわらず原告は一件も担当を割り当てられておらず、明らかに原告は手術の割り当てから外されていた。この割り当てを決定していたのは原告の直属の上司でありかつ、原告から問題点を指摘された手術管理部の部長であった。

(2)原告を手術の担当から外した動機

被告県は、原告の直属の上司である部長が原告を手術から外した理由について、当初は原告が他の病院を見学する予定があったのでその見学日程を確保するためとし、後には原告から見学日程の報告がなく、見学がいつになるか分からなかったため原告に手術麻酔の担当を割り当てることができなかったとして、報復目的はないと主張した。

これに対し、本判決は、原告の業務の割り当てを決めるのは直属の上司である部長であるから、同部長が原告に対し見学の日程を聞くことは容易であること、手術管理部の正規職員は原告と同部長の2名しかいないのに、原告に見学で不在の日を確認しないこと及び確認せずに原告をすべての手術の割り当てから外すことは不自然であることから、上記の理由は信用できないとして、被告県の主張を退けた。

本判決は、直属の上司である部長が原告に手術の割り当てを行わなかったことは、原告のセンター長に対する問題点の指摘を自己に対する不都合ないし敵対的行為と受け止め、これに対する報復として、原告に不利益を及ぼす目的で行われたものと認定し、同部長の行為はその権限を濫用するものであって違法であると判断した。

(3)原告の損害

被告県は、原告は手術の割り当てから外される以前からがんセンターを退職する意思を持っており、原告が退職を決意したのは麻酔の指導を担当させてもらえなかったこと、給与面に不満があったことその他の事情によると主張した。

これに対し、本判決は、原告の退職の意思は確定的ではなかったこと、麻酔の指導経験を積むことを希望していた原告にとって担当職務を奪われれば退職に至ることは自然であることを指摘し、原告が一切の手術から外されたことと退職との間には相当因果関係があると判断した。

コメント

一般に、どの労働者をどの業務に配置するかなどを決定する権限は使用者にあり、労働者が特定の業務を割り当てられることを希望したからといって、使用者は必ずしもその業務を当該労働者に割り当てなければならないものではありません。

本件において、手術の麻酔担当者の割り当てを決定するのは原告の直属の上司である手術管理部部長の業務とされていましたから、同部長が業務の一環として割り当てを決定した場合、たとえ部下が割り当てに不満をもっていたとしても、直ちに違法となるわけではありません。

もっとも、本件では、原告という特定の労働者に対しある時点を境にして明白に手術麻酔が割り当てられなくなったこと、原告以外の麻酔科医立会いの手術件数は減っておらず原告に対してのみ意図的に割り当てが行われなくなったことから、問題になりました。

通常、使用者は人材の適正配置、業務の効率化などに配慮して業務分担を決定することから、特定の労働者に対してのみ業務を行わせないことには何らかの理由があるはずです。

判旨は、この割り当てを原告に対する報復であったと認定し、使用者の権限を濫用したものであると判示しました。権限濫用とは、外形的には適正な権限行使のように見えるものの、具体的な状況に鑑みると目的外の行使などとして相当でないものを言い、違法とされます。

つまり、具体的な状況によっては、手術の割り当てを一定期間全く行わなくても合理的な理由のある正当な権限の行使とされる場合もあり得ます。具体的には、例えば原告に手術を担当させることが著しく不適当な理由や物理的に担当させることが不可能な理由がある場合には、正当な権限の行使であると言えるでしょう。

本件では、原告に手術を担当させるべきでない事情又は担当させられない事情のいずれも認められませんでした。県が原告に手術の割り当てを行わなかった理由として主張したものは、いずれも不自然、不合理として退けられ、報復目的であったと認定されました。

このように、正当な理由なく特定の労働者を業務につかせないことは、労働者の希望を奪い、勤労意欲を削ぐものとして、正当な権限の行使に当たらない、労働者に対するハラスメントと評価されかねません。

 

著者プロフィール

石上 尚弘(いしがみ なおひろ)
石上法律事務所 弁護士
1997年 弁護士登録 石上法律事務所開業