- パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例
【第10回】
配転命令とパワーハラスメント
エフピコ事件
東京高裁平成12年5月24日
労働判例785号22頁
はじめに
我が国においては、企業が社員に対し、転居を伴う配置転換を命じたり、打診することが珍しくありませんが、最近では、当該配置転換がいやがらせ目的のパワハラにあたるなどの主張がなされ、法的トラブルが生じる例もみられます。ここでは裁判例を素材に、配転命令とパワーハラスメントの問題について解説を行うこととします。
事案の概要
Y社は、合成樹脂製簡易食品容器の製造販売等を業とする株式会社であり、広島県福山市に本社及び工場(以下「本社工場」という。)を置くほか、関東工場など5工場を含む全国21か所の事業所を有している。Y社関東工場(以下「関東工場」)には、平成8年10月当時、事業部門のほか、製造1課(約70名)、製造2課(約70名)、検査課、技術課等があったが、製造部門の分社化を進めることとなり、製造2課も株式会社Aと株式会社Bという新会社に分割されることとなった。同分社化は、いわゆるバブル経済崩壊後の厳しい経済環境の下で、同業他社との激しい競争に生き残るための合理化策の一つとしてなされたものである。Y社は平成8年7月以降、関東工場の従業員に対し、会社の方針や分社化に伴う配転の必要性についての説明会を数回にわたって行い、配転(Y社からの退職と新会社への入社)に関する希望調査等も従業員全員に対して行われた。
XらはY社に入社し、いずれも関東工場製造2課に配属されていたが、上記の分社化が行われたところ、新会社の採用に漏れ、同年10月21日付けで製造1課に配転された。Y社はさらに製造1課も平成9年3月までに分社化することを予定しており、当該分社化によって新会社に採用されY社は同年10月21日、部課長がXら10名に対し個別面談を実施し、関東工場では分社化により余剰人員が生ずるのに対し、本社工場では人員不足となることなどを説明し、同年12月16日付で本社工場に転勤して欲しい旨要請し、1週間以内に単身赴任か家族同伴で行くかを回答するよう求めた。これに対し、Xらは1名を除き、いずれも転勤には応じることができず、関東工場で引き続き働きたいとの意向を示したが、Y社部長らの面接を経て、同年10月〜12月の間にXら3名を除きその他社員は退職した。
Y社は同年11月25日ころ、転勤要員10名のうち2名を本社工場に出張させて、本社工場の稼働状況を見学させるとともに、生産本部長らと面会させ、本社工場への転勤を必要とする会社の事情の説明を受ける機会を設けた。また同月末にあわせて工場長らによる説明会を開き、本社工場製造部門の重要性とその要員としてXらを転勤させる必要性を縷々説明するとともに、人選の不当性をいうXらの言い分については、転勤の人選は会社の責任と権限において行うものであり、個別の人選理由を明らかにする必要はないと述べた。当該転勤の対立が続く中、配転および退職に応じないXら3名は弁護士を選任し、裁判所に対し配転効力停止等の仮処分の申し立てを行ったところ、Y社は、まだ転勤命令を行っておらず、これに応じないことを理由として解雇しない旨を答弁し、当該申し立ては却下された。Y社はその後、Xら3名の希望を受け、転勤に係る説明会の開催を行った。また本社工場の実情を知ってもらうための出張命令、関東工場周辺の関連会社への出向打診を行ったが、いずれもXら3名は拒否した。
その後Y社は新会社への移籍について従業員に意向確認を行ったところ、Xら3名は何らの回答も行わなかった。Xらは移籍を希望しない場合の処遇について弁護士を介してY社に照会したところ、Y社は関東工場管理課において清掃等の雑用業務に従事するほかない旨の回答を行った。これを受けて、Xらは同年5月15日までにいずれも退職した。なおY社の生産部門の分社化はその後も進められ、平成10年9月までにはすべての生産現業部門が18社に分社された。
これに対して、Xら6名の退職社員が、Y社に対して不当な転勤命令により退職を強要されたなどとし、債務不履行ないし不法行為に基づき、勤務を継続し得た向こう1年間の得べかりし賃金、慰謝料等の損害賠償請求を行ったものである。
1審判決(水戸地裁下妻支部平成11.6.15労働判例763号7頁)は、Xら6名の請求を認容し、Y社に対し慰謝料等合わせて約2000万円の支払いを命じた。これに対し、控訴審判決は次のとおり判示し、Xの請求をいずれも棄却したものである。
判旨 請求棄却
Xらの本社工場への転勤は・・Y社の置かれた経営環境に照らして合理的なものであったと認められる。そして、Xらを転勤要員として選定した過程に格別不当な点があったと認められない。・・Xらが勤務先を関東工場に限定して採用されたとの事実を認めるに足りないし・・就業規則上も「会社は業務上の必要があるときは転勤、長期出張を命ずることがある。この場合、社員は正当な理由なくこれを拒むことができない」旨明記されているのであって、Xらもこれを承知した上で勤務してきたものと認められる。
Xらは、Y社がXらを含む・・10名を転勤対象者として選定した理由や本社工場への転勤期間を明らかにしなかったことを非難するが、転勤を命じる場合の人選は会社がその責任と権限に基づいて決定すべきもので、その理由は人事の秘密に属し、これを対象者に明らかにしなかったからといって、それを違法ないし不当とすることができないし・・平成9年当時は・・その事業が将来どのように展開するかを容易に予測できない段階にあったものと認められるから、部長らがXらの本社工場への転勤期間は未定である旨答えたことは、やむを得なかったというべきである。
しかも、Y社は、いわゆるバブル経済崩壊後の厳しい経済環境の下で同業他社との激しい競争に生き残るため経営合理化を図らざるを得ない会社の事情と・・経営方針等を社内報等を通じて従業員に周知徹底させるとともに・・個別面談や数次にわたる説明会等を通じて説明し・・転勤命令の発令を本人らの同意が得られるまで延期する措置をとるとともに、本部長との話し合いの場を設けて説得に努め、さらに、右3名に本社工場の実情を知ってもらうため福山への出張を命じたり、関東工場の近くにある関連会社を出向先として紹介するなど、Xらが円滑に本社工場に転勤できるよう、またXら3名については、関連会社に出向という形で就職できるよう、最大限の努力をしたものと認められる。
そうとすれば、Y社がXらを本社工場に転勤させようとしたことに人事権の行使として違法ないし不当な点があったと認めることはできないものというほかない。
配置転換とパワーハラスメント
配置転換とは会社が従業員の担当職務ないし勤務地を変更することを指しますが、これがパワハラに該当する場合があるでしょうか。本HPに示されている職場のパワーハラスメントの類型を見ると、この中に「業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと」が挙げられています。(【職場のパワーハラスメントの概念と類型】 職場のパワーハラスメントの類型)
業務上の合理性なく、嫌がらせ・退職強要などを主たる目的で、遠隔地・未経験職務等に配転することは、事案によっては当該ハラスメントに該当する可能性があるといえます。
また判例法理において、配転命令権の濫用法理が確立しています。これは配転命令が民法1条3項、労働契約法3条5項の権利濫用に該当する場合、当該命令を無効とする法理ですが、主に以下の判断枠組みが示されています。「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても・・他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき」には権利濫用になるとします(東亜ペイント事件 最2小判昭和61年7月14日 労判477号6頁)
業務上の必要性がなく、嫌がらせ目的で配転がなされた場合は、「不当な動機・目的をもってなされたもの」にあたるため、上記濫用法理に照らせば無効となる可能性が高いといえます。
本事案は、1審判決では配転命令権がないことを前提に、一連の配転打診行為が「執拗な退職強要・いやがらせ」にあたると認定し、職場環境整備義務違反等を理由に損害賠償請求を認めました。これに対し2審判決(前述)は配転命令権を肯定するとともに、まず本件配転命令自体は厳しい経済情勢の中、合理性があるとします。またXら側から、転勤命令に際して、その人選基準および転勤期間をY会社が説明しない点が違法であるとの主張がなされましたが、これについても2審判決では「転勤を命じる場合の人選は会社がその責任と権限に基づいて決定すべきもので、その理由は人事の秘密に属」すること、また転勤予定先の将来性が配転打診段階で予測できないことをもって、違法性を否定します。
その上で、会社側がXらに対して再三、説明会・面談等を実施し、さらには転勤候補先工場への見学、関連会社への出向打診など、1審に比べ、配転打診に係る経緯を丹念に事実認定した上で、Y社側の一連の行為において「人事権の違法ないし不当な行使があったと認めることができず、Y社による報復や嫌がらせ行為があったとの事実も認めることができない」と結論づけたものです。
コメント
配転命令とりわけ転居を伴う同命令は、従業員本人のみならず、その家族に対しても大きな影響を与えます。その一方、厳しい経済競争が続く中、企業は必要に応じて、人員配置の見直し、組織再編等を進め、産業競争力を維持向上しなければなりません。今後、配転命令・打診に伴う労使トラブルは、パワハラ問題として取り上げられる可能性もありますが、その際は本事案が示唆するとおり、そもそも会社に配転命令権があるか、当該配転に業務上の必要性があるか否か、また配転打診に際し、会社が説明会・面談等などを適宜行い、対象労働者への説明を誠実に行ったか否かが違法性判断のポイントになるものと思われます。なお近時、育児介護休業法26条において「子の養育または家族の介護状況に関する使用者の配慮義務」が定められたことから、配転命権の濫用判断に際し、対象労働者の育児・介護状況が相当程度考慮される傾向が高まっています。例えば、東京本社から大阪支社へ転勤を命じられた社員について、転勤の業務上の必要性を認めつつ、共稼ぎで重症のアトピー性皮膚炎の子らの育児をなすことの負担を考慮し「通常甘受すべき限度を著しく超える不利益」があったと認め、配転命令無効とした裁判例も見られるところです(明治図書出版事件(東京地決平成14.12.17))。
著者プロフィール
北岡 大介
北岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士