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厚生労働省

「ハラスメント基本情報」【第1回】「上司の注意指導等とパワーハラスメント」 ― 東芝府中工場事件

  • 精神的な攻撃型
  • パワハラをした人だけではなく会社の責任が認められた裁判事例
  • パワハラと認められなかったもの・パワハラを受けた人にも問題が認めれた裁判例

【第1回】
上司の注意指導等とパワーハラスメント

はじめに

職場において、上司が部下に対して、厳しく注意指導することがありますが、このような注意指導がいわゆる「パワーハラスメント」に該当し、会社や上司等が 法的責任を負うことがあるのでしょうか。以下、裁判例の事案の概要と判決内容を紹介することを通じて、上司の注意指導と損害賠償の関係について解説するこ ととします。

事案の概要

製造業A社の工場にXが勤務していたところ、製造長の地位にある上司Bが次の①、②などのように各々注意指導を行いました。同注意指導に対し、Xは「Bの常軌を逸した言動により人格権を侵害された」と主張し、A社及びBに対し民事上の損害賠償請求を提起したものです。

① Xは使用していたエアーグラインダーを収納せず、さらに電気溶接機の電源を切らない危険な状態のまま放置して退社したところ、上司Bは安全衛生の観点 から、これを注意し、反省書の提出を求めた。またXはボール盤を使用した穴あけ作業を行っていた際、回転中のドリルの下に手を入れることを繰り返してい た。これに対し現場で再三注意を受けたにもかかわらず改善がみられなかったため、上司Bが反省書の提出を求めた。

② Xは事務員の伝言を通じて、電話で年休申請を行おうとしたが、上司Bは、年休申請は上司に対し直接行うものと考えており、Xに対し反省書の提出を求め た。またXが終業時間前に早々と作業を切り上げ、片付けを行うことがあったが、上司BはXの勤務態度が他の社員に対して悪い影響を与える恐れがあるとし、 Xに片付けを再現させ、その時間等を計るなど求めた。なお年休申請においては、他の社員も同様に電話で事務員に伝言する方法をもって行うことがあった。

判決内容

まず判決では上司の指導監督の違法性に対し、一般論として、「(上司には)その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のた め、必要に応じて従業員を叱責したりすること・・それ自体は違法性を有するものではない。しかしながら、(上司の)行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性 がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべき」と判示しています。

その上で問題となるのが、違法となる上司による指導の目的および態様ですが、上記の①や②の注意指導について、判決では以下のとおり判断を行いました。ま ず①については、指導の目的および態様ともに裁量権の濫用が認められず、合理性があるとして請求を棄却しました。その一方、②は注意指導の目的自体の正当 性を認めますが、その態様について「渋るXに対し、休暇を取る際の電話のかけ方の如き申告手続上の軽微な過誤について、執拗に反省書等を作成するよう求め たり、後片付けの行為を再現するよう求めたBの行為は、Bの一連の指導に対するXの誠意の感じられない対応に誘引された苛立ちに因るものと解されるが、い ささか感情に走りすぎた嫌いのあることは否めず・・製造長としての従業員に対する指導監督権の行使としては、その裁量の範囲を逸脱し、違法性を帯びるに至 るものと言わざるを得ない」としました(結論として、A社およびBがXに対し連帯して15万円の損害賠償額を支払うよう判示)。

社員側の不誠実な対応とパワーハラスメント

言うまでもなく上司と部下との関係は「人間関係」の一つに他ならず、相互の感情のもつれが上司の言動に相応の影響を与えます。パワーハラスメント問題につ いて、よくよく双方の話を聞いてみると、確かに上司が不穏当な発言をしているが、その背景として部下側の態度等に問題が多く、上司の当該言動を誘発したか のように見える事案も少なくありません。このような場合も会社あるいは上司が全ての法的責任を負うのでしょうか。これについて先の東芝府中工場事件では、 損害賠償額の算定にあたり、以下の注目すべき判示が見られるところです。

(要旨)「責任を考慮するに際しては、X側の事情を斟酌すべき。Xは労働者として仕事に対し真摯な態度で臨んでいるとは言いがたいところがみられ、またB の叱責に対して真面目な応答をしなかったり、殊更Bの言動を取り違えて応答するなどの不誠実な態度も見られ・・Bの過度の叱責や執拗な追及をX自ら招いた 面もあることが否定できない」

以上のとおり、社員側に問題が見られた場合、裁判所は損害賠償額の調整を行うこともあり、会社および加害者の法的責任を一部軽減することがあります。その ため、パワハラにあたるか否かについては、上司の言動はもとより、当該言動に至るまでのプロセスにおける当該社員の対応も含め、事実関係を確認していく必 要があります。

コメント

上司が部下を注意指導すること自体は違法と評価されるものではありませんが、その目的及び態様がやはり問題となります。上司による注意指導が、業務上の正 当な目的によるものでなく、部下への嫌がらせであれば、当然に許されません。また態様も社会通念に照らして不相当なものであれば、これも違法となりえま す。その一方、上司による指導監督の態様は、部下の対応に左右される面もあります。上司・部下双方とも職場における注意指導に際しては、節度をもった関係 を心がけたいものです。

 

著者プロフィール

北岡 大介
北岡社会保険労務士事務所
社会保険労務士